――― 通りゃんせ 通りゃんせ      

     ここはどこの細道じゃ

     天神様の細道じゃ

     ちょいと通してくだしゃんせ

     御用のないもの通しゃせぬ ―――




――― 行きはよいよい

     だってあなたに会えるから ―――


――― 帰りはこわい

     だってあなたとさよならだから ―――






届く





春休みに両親の転勤で天神町に越してきた忍谷唯那(オシタニ・ユイナ)は、
新しい町をよく知ろうと散歩がてら一人、探検していた。

唯那は今春から高校1年になる。
引越しのタイミングとしてはよかったなと唯那は思う。
小学校・中学校の友達と離れるのは悲しかったが、いずれにしても高校はみんなバラバラだ。
どうせ新しい友達を作らなければならないなら、ここでも一緒だった。
だから、引越しと聞いてもそんなに抵抗は無く、多少の不安はあったが、
これからの高校生活を楽しみにしていた唯那だった。


天神町は、それほど大きくはない町だ。
今では失われつつあるという、ご近所づきあいというものがあるという。
そのおかげか町にはどこかのんびりとした空気が漂っていた。
とはいっても、人口はそれなりにいる。
大通りには多くの車が行きかっているし、裏路地といわれるような場所でも、ちらほらと人影があった。
まだ、それほど面識はないが、唯那をみかけると「こんにちは」「いい天気ね」などと声がかかった。
その挨拶に唯那の心は暖かくなる。
(今日の天気みたい)
春独特のふんわりした日差し、ぬけるような青い空。
だから、唯那は町の隅々まで歩き回った。

唯那がその小道を見つけたのは偶然か、それとも必然だったのか。
その道は人が2人通れるくらいの小さなもの。
道と呼べるものではない。
それでも、それは確かに【道】だった。


【細道】だった。


周囲には民家があるにも関わらず、その【道】には人の気配はおろか、
野良猫の類の気配さえなかった。
そのことを少しだけ不思議に思ったが、唯那の好奇心のほうが強かった。
いや、惹かれたといったほうが、正しいかもしれない。
道の先にかすかに視える小さな鳥居。
(何かが祭られているのかも)
惹き寄せられるように唯那はその【細道】に足を踏み入れた。



しん――――



なにも音が無い。かに思われた。


通りゃんせ 通りゃんせ


声が響いた。
澄んだ高い声、幼子の声。
声は続ける。


ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょいと通してくだしゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ


ヒュウ と風が通り抜けた。



   お前は?



今度は成人男性の声が誰何する様に尋ねた。

「忍谷唯那です。」
唯那は問われるままに答えた。


   何をしに来た?


「あなたに、会うために。」

言葉が口から紡ぎだされた。
まるで、用意されていたかのように。


   そうか。


再び、ヒュウ と風が吹いた。
・・・景色が、変わっていた。






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