健太はそこにいた。
まさか、ほんとに、こんなことが、あるなんて。






唯那はそう簡単には本当のことを言わなかった。
そりゃ、そうだよなと健太は思う。
健太だって信じられないことなのだ。
だけど、嘘だと決め付けてしまうには、祖母の話は現実感を伴っていて。
健太は自分から言った。
「天神様のところだろ?」と。

その一言に、唯那は一瞬驚愕し、そして話した。

イライラする。
唯那の話を聞けば聞くほど、どれだけ唯那が蓮に魅せられているのかが分かって、
向こうの世界に執着心を持ち始めていることに気づいて。
次に向こうへ行ったら、二度と帰ってこないんじゃないかって。
それは、嫌だ。
唯那が俺のそばからいなくなるのは嫌だ。
笑いかけるときのふわっとした笑顔とか、千由紀たちとはしゃぐ姿とか。
それがなくなるのは、嫌だ。唯那の笑顔が、笑い声が、なくなるのは嫌だ。

そうして、やっと、健太は気付いた。
なぜ、唯那の笑顔を追ってしまうのか。初めて会ったときに守りたいと思ってしまったのか。
そう答えは簡単。
・・・・唯那が、好きだ。


贈り物として捧げられた彼女たちは、あちらへ行ったきり、一人として帰ってくる者は無かったという。
初めて会ったときから感じている、消えそうな唯那の気配。
合点がいった。
唯那はすでにあちらの世界に取り込まれ始めているんだ。

嫉妬と不安。ふたつの気持ちが健太の心でせめぎ合い・・・。
「唯那、もう行くな。」
放った言葉は、思いがけずも冷たいものだった。






「もう行くな。」
初めて聞く、健太の冷たい声に、唯那の体はビクッとなった。
健太の言葉が心に突き刺さり、唯那は自分がとても悪いことをしているような気分になる。

「行くな。」
再びの声に、健太の顔を見上げると、それはとても心配そうで。
健太はただ、繰り返す。「行くな。」と。

それはとても強い静止力を持っていて・・・。

だけど・・。
唯那は想う。

(蓮に会いたい)

くしゃりと唯那の顔がゆがむ。
健太が心配してくれるのを、うれしいと思う。
だけど、私は・・・。

唯那は健太を見上げ、懇願する。
「蓮に会いたい」と。

唯那の意思を曲げることが出来ない。
それならば。
「俺も連れて行ってくれ。」
健太は言った。




その細道は静かだった。大通りに面しているというのに、とても空気が澄んでいた。
ああ、そうだ。この場所だ。
健太は、一歩足を踏み出す。

通りゃんせ 通りゃんせ
ここはどこの細道じゃ
天神様の細道じゃ
ちょいと通してくだしゃんせ
御用のないもの通しゃせぬ

唄が響く。
ああ、唯那が言ったとおりだ。

「唯那です。・・・あの今日は・・。」
唯那が何も無い空間に向かって呼びかける。


  分かっております。さあ。


「!!」
直接、耳に響く声が唯那に応えた。
そして、一筋、風が吹き抜ける。
・・・・世界が変わった。
健太の目に飛び込んだのは、燃えるような赤だった。





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