―― 蓮へ

おじいさんが天国へ旅立ってもう3年が過ぎました。
私の旅立ちもそろそろのようです。
あなたとの別れからももう何十年も経ってしまいましたね。

あの後、おじいさんから貴方の伝承について聞きました。
もしかしたら、貴方は私のあの時の気持ちは、すべてあの空間が魅せたまやかしだったと思っている
かもしれません。
だけど私は信じています。
16歳の私は確かにあなたに恋をしていました。青く若い私の恋だったのです。

あの時、なぜ貴方が私たちを返そうとしたのか。
その理由もおじいさんが教えてくれました。
貴方は私の幸せを願ってくれていたのですね。

そして、当時、別れに傷ついていた私をおじいさんが支えてくれました。
おじいさんと共に過ごしたこの数十年という長い月日。
孫にも囲まれるようになり、私はとても幸せでした。
ただ、ひとつ心残りだったのが、あの頃の私の気持ちが確かだったのだと、貴方に直接伝えられないことでした。
この手紙を書くことで、貴方に気持ちが届くことを信じて書きます。
どうか孫たちのことも見守って下さいますよう……天神様。


                                        甲斐唯那






おばあちゃんのお葬式も無事に終わり、形見の整理をしていた時、一通の手紙を見つけた。
引き出しの中にそっと置かれたそれが気になって、私は中を確認する。
それはおばあちゃんが書いたもので、宛先は蓮。
「蓮って誰だろう?」
おじいちゃんでない人宛に書かれたその手紙。
昔はおばあちゃん、おじいちゃんじゃない人を好きだったんだ、なんてちょっと秘密を覗いた気分になって、
あれと思う。
私、聞いたことある……?
そう思った瞬間、フッと頭の中を銀色の髪がよぎった。
サラサラとしたその髪が綺麗で手を伸ばして……

「絆那(キズナ)、終わったー?」
突然響いた母の声に、ビクリと身が揺れる。

何、今の……私、何か知ってるの……?

気にはなったものの、中断してしまっていた片付けを先に済ませることにした。




その夜、私は夢を見た。
白い尻尾がふさふさと揺れて。それが面白くて飛びついた。
そんな私を優しく抱きあげる手。誰かの笑顔が見える。

「……絆那。」

名を呼ばれる。
誰?……貴方達は誰……?





なんか、変な夢見た。
だけど、すごく優しい夢だった気がする。
こんな夢見るなんて、やっぱり昨日のことと関係あるんだろうか。
机に置きっぱなしになっていたおばあちゃんの手紙が視界をかすめた。



朝食を食べながら、母に尋ねる。
「お母さん、私、小さい時、おばあちゃんとよく出掛けた場所とかある?」
「ん〜、ああ、そうね。おばあちゃん、ほら、紅葉通りの先にある陽貴神社が好きでね。
お前もよく一緒について行ってたっけねぇ。だけど、お前が一度神隠しに遭ったって大騒ぎしたことがあって、
それ以来、行かなくなったんだよ。」
「私が、神隠し……?」
「そう。まあ、実際には裏の森で遊んでただけだったんだろうけどね。おばあちゃんがあんまり心配しなくても
大丈夫だって確信したように言うから、夕方まで待ってたら、お前はけろっと帰ってきて。
どこに行ってたのかも分からないでね。」
「ふ〜ん。」
何気ない風を装って母に返事を返したが、私の心臓は、ばくばくと激しく脈打っていた。
たぶん、昨日の幻像と夢はそれに関係してる。この手紙も。
ポケットにしまった手紙にそっと触れる。

「お母さん、ちょっと出掛けてくる。」

そう言って私は、神社へ向かった。




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