この通りを一人で歩いていれば、誰でも声をかけられるという。
人はそれをナンパと呼ぶ。
そして、今日私はこの場所にいる・・・。
*再会*
それは数日前のこと。
私の友達の中でいままで彼氏のいなかった子に彼氏ができた。
これによって、独り身は私だけ。
「さちも早く彼氏つくりなよ。」
そう言ったのは高校生から付き合っている彼氏がいる子。
「でも、私なんて、可愛くないし、誰も声かけてくれないし。」
そういって反論してみる。でも、実際、うらやましい。
「何言ってるの!さちがこの中で一番可愛いんじゃない!」
「そうそう。さちから声かければ、一発だって。」
「でも、自分からは・・。がっついてるって思われちゃう。」
そうできれば、告白されて付き合いたい。
そんなんどっちでもいいって、みんなは言うけど、私にとっては大事なこと。
告白は男の子の役目だもん。
「じゃ、あそこに行きましょ。今週の土曜日、9時くらいに私の家に来なさい。いい、さち?」
美貴が言う。
「う、うん。いいけど。」
「じゃ決まりね。」
「何で、あんなに可愛いさちに彼氏ができないの?」
「ちょくちょく誘われてるよね?」
「食事の誘いとか遊びの誘いじゃ気づかないのよ。あれで、夢見がちだから。」
「私、もう1つ思うところがあるんだけど・・・。」
自分が帰ったあとで、こんな会話が交わされているとは知らずに、私はただ彼氏が欲しいと思っていた。
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そして約束の土曜日がやってきた。
あのあと「やっぱり私がさちの家に行くから」って発案者の美貴からメールがきた。
ピーンポーン
玄関のチャイムが鳴った。
美貴が来たみたい。
玄関を開けると美貴は「おはよ!あがるよ」といってさっさと私の部屋へと入ってしまった。
も〜ここは私の家なのに!
部屋に入った美貴はクローゼットの中身をひっくり返して、あーでもないこーでもないと言いながら服をコーディネートしている。
しばらく悩んだあとに美貴が選んだのは白いボレロにピンチの花の刺繍がはいったキャミソールとふわっとしたバルーンタイプのスカートだった。
それを私に着るように指示すると自分は化粧の用意をはじめた。
美貴は化粧してあるし、もしかして私を化粧するのかと思った私の予感は的中し、私の顔(ついでに髪も)は美貴の手によってきれいに整えられた。
「よしっ準備完了!行こう!あ、靴はいつものミュールね。」
そう言うと美貴はさっさと歩き始める。
てか、今日どこに行くか知らないんですけど・・。
軽く主張すると美貴は「まあ、歩きながら説明するからー」とか言う。
そして、私は現在美貴いわくのナンパスポットである、松下通り、ここにいる。
美貴たちの計画はこうだ。
『一人で歩けば、誰でも声をかけられる』といううわさのある、松下通り。
ここで、かわいい(彼女たちはどうしてもそれを譲らない)さちが、一人で歩いていれば、みんなが声をかけてくる。
その中から選んでしまえ。だそうだ。
本当かな?
聞いてるときは半信半疑だったけど、着いてみてわかった。
本当だ。
一人で、座ってたり、ウィンドウショッピングしてる子とか、みんな男の子に声かけられてるよ〜
ど、どうしよう・・・。
美貴は隣にいない。
「じゃ、がんばってね〜。」
って言って、置いてっちゃったよ〜
とりあえず、声かけられたら、お話して、お話して、それから・・?
どうすればいいの・・?
「中里さん・・?」
懐かしい声がした。
振り返るが、逆光になっていて、顔が良く見えない。
「やっぱり、中里さんだ。」
声につられて、振り仰ぐ。
あのころと変わらないやさしい笑顔がそこにあった。
「深山くん・・・」
「久しぶりだね。こんなところで何してるの?」
そう、深山くんはつづけた。
何してる?私は何してる?
まさか、ナンパされるのを待ってましたなんて、深山くんには言えない。
ほかに、言い訳も思い浮かばず、私は、俯いてしまった。
私の様子に何かを感じたのか、深山くんはこう言った。
「暇だったら少し、話さない?そこの喫茶店で。」
言われるままに私はうなずいた。
そのお店は落ち着いた雰囲気で、私たちのほかにはお客さんはいなかった。
ふたりでケーキセットを注文すると、私たちは思い出を語り合った。
中学を卒業してから、一度も会っていなかったのに、あのころと何も変わらずに・・・。
あのころの私は人見知りが激しかった。
特に、男の子は苦手だった。
そんな私に声をかけてくれて、私も緊張せずに話しをすることができたのが、深山くんだった。
彼の雰囲気はとても優しくて、安心できたんだ。
でも、そのときの私たちは携帯なんてものは持っていなかった。
彼も私も連絡先を知らないまま、私たちは卒業してしまった。
思い出話に一区切りが付いたころ、彼の携帯がメールの着信を知らせた。
「ちょっとごめんね。」
そういって、彼はメールを開く。
彼の顔がちょっとだけゆがむ。
返信しないで閉じてしまった。
誰からだろう?
なぜか無性に気になった。
「中里さん。」
彼が居ずまいを正して私の名を呼ぶ。
私もつられて、背筋をのばす。
真剣な顔をして彼は続けた。
「中里さん。中学のころからずっと好きでした。高校に行って、大学に入って、いろんな子に会ったけど、
やっぱり中里さんのこと忘れられなくて。僕の彼女になってくれませんか?」
彼の口から紡ぎだされる言葉に私の胸が高鳴っていく。
今、目の前にいる彼は、記憶の中の彼より大人びて、私と同じだった背は、見上げなくてはならないほどになっている。
流れた年月を感じさせた。
でも、彼は何も変わっていない。
同じように笑い、同じように私を和ませる。
そして私は気づいてしまった、いや、いまならわかる。
彼が私を和ませる理由が・・・。
私は彼が好きだったんだ。