その日、唯那が戻ったのはすでに日が暮れた後だった。
「!」
さすがにもう帰っただろうと思っていた健太がそこにいたので唯那は息を飲む。
「待っててくれたの・・・?」
「ああ、うん。きっと遅くなるだろうと思ったから。」
暗い中、一人で帰らせるわけにはいかないしな。と健太はつぶやく。
きっとそれだけではない。落ち込んで帰ってくる唯那を心配してくれたのだ。
現に真っ赤に目をはらした唯那を覗き込む目は心配であふれている。
そんな健太の優しさに気付き、唯那は小さな声で「ありがとう。」と言った。
けれど、そんな健太の気遣いも今の唯那には無力で、考えるのは蓮のそばにいたいということだけ。
今だって、帰りたくないと駄々をこねる唯那は蓮に無理やり帰されたのだ。
蓮の意思は固く、唯那が何を言っても聞いてくれなかった。
唯那が思うのは、ずっと蓮のそばに、ただそれだけだった。




翌日、学校へ着いた健太は、そこに唯那の姿があることにほっとした。
もしかしたら、学校を休み、蓮の元へ行くのではないかと危惧していたのだ。
昨日、戻ってきた唯那は目を真っ赤に泣き腫らし、健太が声をかけてもどこか上の空だった。
それは今日も続いているらしく、千由紀の声にも「うん。」としか反応せず、心配したらしい千由紀にどうかしたのかと聞かれた。
まさか、本当のことを言うわけにもいかず、
「昨日から少し具合が悪いみたいなんだ。」
と答えておいた。

その唯那から、放課後、声をかけられた。
「健太、お願いがあるの。私、学校休んで蓮の所へ行く。協力してくれる?」
唯那の目を見て思った。ああ、これは何を言っても聞かないと。
だから、健太は「分かった。」と言うしかない。
そうすることしか出来ない自分に不甲斐なさを感じながら。



唯那はずっと考えていた。
だけど、考えても考えてもどうしたら良いのか分からない。
ただただ、蓮の所に行きたい。
そのことだけがぐるぐると頭の中を駆け回る。
こんなにも授業に身が入らなかったのは初めてだ。
本当は今日だって学校に来ている場合ではないと思っていた。
だから、健太にお願いした。
健太には迷惑を掛けるけれど、きっと唯那の欠席の理由を上手く誤魔化してくれるだろう。
学校を休むことには引け目を感じるが、今はそれよりも蓮のことが大切だった。


刻一刻と容赦なく時は進んでいく。


核心には触れないまま、表面上は穏やかな日が過ぎていく。
蓮も唯那もその場の空気に白々しさを感じながらも、自らこの時間を手放すことを恐れて、雑談に花を咲かせる。
唯那の頭の片隅は、蓮と離れずに済む方法は本当にないのかと答えのでない問いを繰り返し、説いていた。
そして、考えていて思い至ってしまった『蓮はどうなるのか』という恐ろしい問いが出来あがっていた。
真剣に考えるにはあまりに恐ろしく、唯那はそのことについて、蓮に聞くことが出来ないまま、その数日が瞬く間に過ぎて行った。


工事の日が翌日へと迫ったその日の夕刻。
それまで現実から目を背けるようにしていた他愛のない話を区切り、蓮は姿勢を正し、真剣な面持ちで口を開く。
「明日は来てはいけません。いえ、来ないでください。」
硬い表情で蓮が言う。
「どうして!?」
「危険だからです。明日、この場所は崩れます。巻き添えを食って欲しくないのです。」
「ううん、危険だっていいの!蓮と一緒にいたいの!」
「いいえ、駄目です。」
本音を言えば蓮とて明日も唯那に逢いたい。
最後の瞬間まで唯那と共にいたい。
しかし、それでは唯那を危険にさらすことになるのだ。
それは蓮の望むところではない。
だから、
「さよならです。唯那。」
蓮は唯那を突き離した。







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