唯那の様子が気になり、夕方、細道へ向かった健太は細道に座り込む唯那を見つけた。
「唯那・・・?どうかしたのか?」
健太の言葉にその背がぴくりと反応した。
「健・・太?」
その声は弱弱しく響く。
「蓮に、『明日は来るな』って・・・もう、『さよなら』だって・・・」
ヒュウと唯那の喉が鳴り、嗚咽が混じる。
「それは・・・でも、明日が最後だろ・・・?」
確かに工事は明日だったはずだ。
こくりと唯那はうなずく。
「でもっ、危険だから駄目だって!・・・危なくたっていいの。蓮と一緒にいたいのに・・・。」
そうか、蓮は唯那を危険にさらさないために。
「唄が聞こえないの。呼んでも声が聞こえないの。」
閉じたのか。
唯那の嘆きを、蓮の心中を思い、健太の心も重くなる。
見上げた空は、茜色に染まり、蓮の元にある大きな鳥居を思い起こさせる。
綺麗な色なのにとても悲しい色だった―――。




その場から動かない唯那をどうにか説き伏せ、家に送り届け、自らも自宅へ戻った健太は考える。
唯那がこのまま大人しく明日を過ごすとは思えなかった。
必ずもう一度、蓮の所へ行こうとするはずだ。
唯那のまじめな性格ではこの一週間もきっといつも学校へ行くのと同じ時間に家を出ていたに違いない。
家族に心配をかけないために。
ならば、明日とてそれを違えることはないだろう。
そこまで考えると唯那が学校へ登校する時間から逆算し、家を出るであろう時間に見当を付ける。
その前までに唯那の家へ向かうことを誓って健太は眼を閉じた。


その夜は一睡も出来なかった。
はやる気持ちをどうにか押さえつけ、家族に心配を掛けないように振舞うが、隠しきれるものではなく
「何かあるのか?」と母親に聞かれた。
この数日も家族は唯那が普通に学校へ行ったと思っている。
唯那が普段通りの時間に家を出ていたからだ。
休む訳を聞かれても家族には説明しようがない。
だから唯那は小さな嘘をついた。
今日は金曜日。学校は休みではない。
いつもの時間に家を出なければいけないのだ。
時間が経つのをこんなにもどかしく感じたことはない。

「いってきます。」
ドアを開けた唯那は門の前に立つ健太を見て、息を飲む。
「どうして・・・?」というつぶやきが唯那の口から洩れる。
「唯那が心配だったからさ。行くんだろ?天神様。俺も一緒に行くよ。」
昨日の様子を見られていたのだから健太の心配はもっともだった。
それにしても、蓮の所に行っているのを言い当てたときといい、健太には自分の行動がお見通しなんだなと
唯那は思う。
そんな健太の存在を少しだけ心強く感じながら、唯那は蓮の元へと足を速めた。

二人は無言のまま【細道】へと辿り着いた。
しかし、
「やっぱり聞こえない・・・。」
閉じられた入り口を唯那は見つけることが出来ない。
うなだれる唯那を見て、最後にもう一度蓮に逢わせてやりたいという気持ちが健太の中に沸き起こる。
どうにかならないのかと健太は懸命に耳を澄ました。
さらさらと笹の葉が擦れる音。
「!」
ぴくりと健太の耳がそれをとらえた。
「こっちだ!!」
唯那の手を引き、健太は走った。







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