再度この地にやってきた唯那を視て、蓮ははっとした。
唯那を守るようにその周りを囲む強い想い。
その想いは唯那をあちらの世界、唯那の世界へ戻す足がかりとなっていた。

そうか、唯那は違ったのだ。
合点がいった。
なぜ、先の訪問の際、唯那は帰ろうとしたのか、そして帰れたのか。


唯那は違うのだ。
かつて、この地へ送られてきた少女たちとは。
蓮への捧げものとしてやってきた少女たちとは違ったのだ。




何人の少女たちが蓮の元へやって来ただろうか。
はるか昔、まだ人々の間で神が感じられていた頃からそれは行われていた。
すなわち、神への捧げもの。
少女たちはみな選ばれて、蓮の元へ来るべくしてやって来た。
そうして、残りの人生をこの世界で過ごした。
彼女たちは元の世界へ帰る必要などなかったのだ。

最後の少女が来たのはいつだったろう。
慣習はいつしか薄れ、蓮への捧げものはなくなって久しかった。
100年以上もの間、蓮への捧げものはなかった。
だが、古から今のままの姿を保つ蓮にとって、100年という時間の単位はほんの一瞬のことでしかない。
けれど、寂しさを感じ始めていたのは確かだ。
人々の心から神という存在が姿を消していくのをただ眺めていることしか、蓮には出来なかった・・・。



ある日、社のすぐ近くに人の気配を感じた。
蓮は「おや?」と思う。
ここ最近は本当に人の出入りは皆無だったからである。
数人で何か話しているようだった。
耳を澄ます。


ああ、ついにこの日が来たのかと蓮は思った。
蓮は同じように忘れ去られていった同族の話を風の便りに聞いていたのである。
終わりが近づいたのを蓮は感じていた。


そうして、あの春独特の温かな日。
終わりを予感したように静かだった桜が、いっせいに花開いたのだ。
そして、いぶかしむ蓮の元へと唯那はやって来た。
彼女が最後の捧げものとなるのだろう。
このときは、まだ唯那のことを人々の心にわずかに残る神への・・・、蓮への最後の贈り物と思っていたのだ。




唯那が捧げものではない――。
ではなぜ、唯那はここへ来れたのだろう?
その答えは唯那自身が、彼女自身の力だけで見つけたからに他ならない。
唯那は蓮を見つけてくれた。
人々の心から永遠に忘れ去られようとしていた蓮を。


愛しい。


心の底から湧き上がってくる感情。
この少女を誰よりも愛しく想った。


口惜しい。


逢瀬のたびに彼女の世界へ帰さなくてはならないことが。

彼は知っている。
逢瀬の時間が限られていることを。
自らの手元へ置いておくことが出来ないことを。

留めておきたい。
彼の元へ。
しかし、想いの糸が邪魔をする。
その想いは、唯那が自分の世界を忘れないようにしっかりと結ばれていた。





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