蓮が健太に頭を下げる。

もっと冷たい世界だと思ってた。
そこには天神という名の鬼がいるのだと。
魂をじわりじわりと侵食し、喰ってしまうのだと、だから、誰も帰ってこなかったのだと。
だが、そこにいるのは紛れもなく神の一員。この地が澄んでいることがその証拠。
そして・・・・
なにより、健太の感覚が告げる。ここは唯那に害を及ぼす世界ではないと。
だから健太は気付かない。
人であったがゆえに。唯那の心を視ることが出来ないゆえ・・・。
唯那の心の不安定さを見逃す。

健太が想い描くのは唯那の笑顔。
ここに来て、蓮に会った瞬間の幸せそうな笑顔。
悔しい。健太が教室で笑わせたときとは、全く別の表情。
出来ることなら、自分に向けて笑って欲しい。
だけど・・・、きっと健太ではダメなのだ。
唯那に初めて会ったとき、何を思った?守りたいと想ったのではなかったか。

守る――。

それは、唯那の体を守ることなのか?
違うだろう。健太は想う。
唯那の心を守ること。それは、唯那が幸せであること、ではないのか。
唯那の幸せを望むことが、本当の意味での『守る』ことではないか。



再び、健太は蓮を見据える。
その姿は本当に苦しそうで、そして、言葉の裏にある気持ちを健太は感じ取る。
ああ、きっと唯那をここへ留めることなど、本当は簡単なことなんだ。
だけども、蓮はそれをしない。
それは、唯那が普通の生活を送ることを望んでいるからではないか。
そんな蓮の真摯な想いに答えるべく、健太は口を開く。

「分かりました。本当にあと少し、なのですね?」
それは、了承の言葉だった。
守ってやるよ、その笑顔。
だって、きっと・・・あのとき、初めて唯那に会った瞬間に誓っていたんだ、自分自身に。
唯那を守るって・・・。




蓮と健太が戻ってきた。
唯那は健太に駆け寄る。
健太の顔はここに来たときとは打って変わって、すっきりしていた。
何かが吹っ切れたようにも思える。
「蓮と何、話したの?」
その変わり様に驚いて、先ほどからの疑問を唯那は聞くが、健太は、
「男同士の約束。」
と言うだけで、内容までは教えてくれない。
だけど、
「もう、俺は止めないから。好きなだけ来るといいよ。」
などと言うから、ますます会話の内容が気になる唯那だった。
だけど、そう言った健太の表情は、寂しげで、しかしとても優しかった。
向けられた優しさが、唯那のためのものだと思うと、かすかなくすぐったさを覚える。
それは決して不快なものではなく、むしろ・・・。

「ありがとう・・!」
唯那は感謝の気持ちを込めて、健太へ笑顔を向ける。
その笑顔がほんの少し、本人も気付かないくらい、はにかんだものになったことに気付いたものはなかった。






唯那を置いてひとり先に帰って来た健太は、思う。
気になるのは、『あと少し』という言葉。
唯那が悲しむことにならなければいいが・・・。
きっと蓮と笑い合っているだろう唯那を想って、健太はひとり家路についた。







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