ねえ、蓮。帰りたくないよ。 不安があるの、たぶん最初のころからあったんだ。 それが最近すごく大きく膨らんでいく気がするの。 だんだんね、帰るとき苦しくなるの。心が千切れるみたいに、ギュって苦しいの。 でね、怖いんだ。 だって、帰ってしまったら、もうここに来られないかもしれないんだよ? 蓮に逢えないのがすごく怖い・・。 それからね、何かが無くなっちゃうような気がするの。 そのうち、心が痛いのを拒否して、ダメになっちゃう気がする。 だから、帰りたくない。ずっと、ここにいたいって思う。 でもね、帰らなくちゃいけないの・・・。 健太が待ってるから。 すごく心配してくれたから、もう心配かけないように。 ここにいたいのに帰りたいなんて、我儘なのかなぁ? 最近、唯那の様子が変わったと思っていた。 それは、唯那の心がこちらに染まり過ぎてきていることだからだと蓮は知っている。 唯那が蓮に心を寄せている。 これはそういうことだ。 それは蓮にとってうれしいことであるはずだった。 想われているのだから・・。 しかし、今日の帰り際、唯那が漏らした不安と心の苦しさ。 『蓮に逢えないことが怖い』 それは初めて唯那が口にした、唯那の蓮への想いの強さ。 だが、その告白は、唯那が抱える苦しさの大きさも同時に伝え、蓮の心も重くした。 だけど・・・、 どんなに唯那の心が引き裂け、そのことで唯那が苦しむことを知っていても、蓮は言えないのだ。 唯那は、自分が我儘なのではないかと言っていたが、本当に我儘なのは自分だ。 唯那が蓮の我儘に振り回されているのだ。 だけど、己が我儘だと分かっていても。 『もう来てはいけない。来るな。』とは、どうしても蓮には言えない。 同じように、唯那をこちらに留まらせることも。 唯那を想う少年と約束したから。 ここはもうすぐ無くなる。 唯那をその日までこの地に留め置くことは簡単だ。 そうすれば、少なくとも唯那の心の痛みは取り除けるに違いない。 痛みの原因は、ふたつの世界に心が残っていることだから。 だが、そうしてしまったら、唯那の心はこちらに染まり、終焉の日にあちらへ戻ることは出来なくなる。 そして、心も壊れてしまうだろう。 さらに、体はただの人でしかない唯那は、崩壊には耐えられない。 それは、すなわち、唯那の消滅を意味する。 それだけは避けたかった。 たとえ、蓮の手が届かない場所だとしても・・・、 唯那に生きていて欲しい。笑って、幸せに。 そんな言葉に出来ない蓮の想いをあの少年は、健太は理解してくれた。 あと少し。 唯那の心の限界が先か。この地の終焉が先か。 いずれにしろ、残された時間はあと少し。 それは、どれだけの時間だろうか?いや、どれだけであっても、きっと短いのだ。 どうにもならない想いを胸に、蓮は静かに目を瞑った・・。 |