健太を伴って現れた唯那に蓮は瞠目する。
道は閉じたはずだ。
いったいどうやって・・・いや、健太だ。健太の存在を忘れていた。
唯那に向かって閉じた道。他の人ならばあるいは・・・。
いや、そんなことはどうでもいい。
問題はこの危険な場所に唯那が来てしまったという事実。
もう時間がない。蓮は声を荒げる。
「あれほど来るなといったのになぜ来たのですか!もう、さよならだと言ったのに・・・っ。」
早く、早くしなければ。
「嫌っ!さよならなんて。もう会えないなんて!一緒に―――」
唯那は蓮に縋りつく。
「いいえ駄目です!」
唯那の言葉を最後まで言わせず、蓮は強く拒否する。
そして、唯那とともに、再びやってきた健太を蓮はじっと見つめた。
そこに宿る想いを健太は知っている。
その強いまなざしに向かって一つ、強くうなずいた。


ドッ ドーンッ

大きな地鳴りとともに地面が揺れた。
突然の衝撃に唯那も健太もバランスを崩す。
崩壊が始まったことを蓮は正確に理解した。


「ここはもう崩れます!さあ、崩れる前に!早く!」
「蓮は?!蓮はどうなるの?」
「私は、他の場所へ移ります。大丈夫。私は神です。死は訪れません。」
唯那を安心させるよう、あえて穏やかな口調で蓮は言う。
そう、蓮は消えかかった神だった。
だが、唯那がいて、健太がいる。
ひとりでも覚えていてくれる人が居るのなら・・・蓮は消えない。
「コマ!マコ!ふたりを出口へ!」
「はいっ、さあ、早くこちらへ!」
「いくぞ!!」
唯那の手を健太がグイと引っ張っていく。
「いやよ!蓮と離れたくないっ、いやっ!」
叫ぶ唯那を悲しげに、寂しげに見つめる蓮の姿が、健太の目に映った。
絶対に唯那を連れて帰る。
ここで失うわけにはいかない。
あいつだってそれを望まない。

――この手を離すわけには いかない
 


こわい!恐い!怖い!
唯那はただ、怖かった。どうしようもなく怖かった。
何が怖かった?この温かな世界が崩れることが、無くなることが怖かった。
・・・蓮ともう二度と会えないことが怖かった。

ひとつだけ怖くないことがあった。
健太に引っ張られている手。
力強く、力強く、そして優しく・・・。
それだけが、唯那の支えだった。
どうかこの手を離さないで!
強く願った。


一筋の光が舞い込んだ・・・。







「おいっ!お前たちどこから入った!」
唯那と健太の目の前には、作業服を来た町長、それに工事関係者。
「危ないから早く出て行きなさい!」
細道と小さな社はもうほとんどなくなっていた。





ガサッ
「「戻りました。」」
「ふたりは・・・?」
「無事に。」
「そうか・・・。」
私の唯那。
人々の心から忘れ去られようとしていた私を見つけてくれた。
唯那。愛し子よ、どうか幸せに・・・。


蓮はもうほとんど崩れてしまったその地を切なげに見渡した。
そして、頭を一振りすると言った。
「さあ、私たちも参ろうか。」
その地での思い出を、唯那との思い出を、唯那への想いを。
断ち切るように・・・。
「「はい。」」
主人の想いに答えるように、二匹の守犬の返事が返った。

刹那、一筋の風が舞い込む。
その地にはもう何も、誰も残ってはいなかった。







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